NHK日曜美術館

尾形光琳紅白梅図屏風をとりあげていた。
明治学院大学山下教授が、紅白梅図屏風は雪村の布袋図を意識して描かれたものだろうと主張していた。光琳は京都から江戸に来てはじめて雪村の絵に触れ、惚れ込んだのだそうだ。模写もしたし、雪村の落款まで手に入れるほどの入れ混みようだったらしい。
山下教授曰く「光琳は非常にハイセンスな画家であり、一方雪村はある種の、独特なやぼったさを持ったユニークな画家だった。そのやぼったさに、光琳はひかれたのでは。」
なるほどなあ。なぜ光琳が雪村に惹かれたのか本当に本当のところは本人に聞かなければわからないけれど、山下教授のこの話はとても興味深く、なんだか心にしっくりきた。(尾形光琳ほどの人と並べて考えるのもどうかと思うけど)今も昔も、なにかを作っていくうえでの悩みって、共通のものがあるんだろうなあ。うまかったり、センスがとてもよかったり、それは制作をする上でとても強みではあるけれど、見るひとの心にひっかかりを生むのは、適度なやぼったさなんじゃないかな。それは、職業画家にとって多くの場合意識して身につけるものなんじゃないかなあと思う。光琳も同じような気持ちで雪村の絵を好きだったのではないかなあ。
番組中、紅白梅図について山下教授を含む6人の専門家が、それぞれが唱える6つの説を紹介していたのだけれど、見ていてわたしがいちばんすんなり受け入れられたものは、実践女子大の中町教授の提唱していた説だ。光琳俵屋宗達を尊敬していた。宗達の描いた、伊勢物語絵巻の中の梓弓の場面を描いたものではないか・・・という考え。

気がつけば、1月も、明日でもう終わりなんだなあ・・・