「THIS IS IT」

お盆だったので、あれこれちまちまと忙しかったです。お寺の用事があったり急な来客があったり。通常営業で仕事を普段通りすすめるつもりだったのだけれど、なかなか思うようにいかず疲れてしまうのでここは思い切って気分転換をと、夜は働かずに撮り溜めていた録画をいくつか消化しました。ホームズ関係以外の映像を、久しぶりに見た。

というわけで、マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」を見ました。面白かった。なにかを作り上げていくことの困難と喜びに、幸福な気持ちになった。


自分はガラパゴス諸島で暮らしていたみたいだった…とたまに思うことがあるのだけれども、多感だったはずの中学高校生時代、同年代のひとたちが慣れ親しんだような文化にあまり触れないで育ってきてしまったことを今になって残念に思うんですよね。流行っていることをほとんど何も知らなかったから、当時のわたしは尾崎豊のこともシブガキ隊や光ゲンジのことも、ボウイやTMネットワークや金八先生矢野顕子やYMOのことも、聖子ちゃんや明菜ちゃんのこともあまり知らずに20代をむかえてしまった。紡木たくも読んだことないし、あだち充はかろうじて読んだけど、大島弓子三原順萩尾望都も当時は知らなかった。じゃあその間なにを見て何に親しんでいたのかといえば、特に何にも心を動かされることなく、ただただ自分のことを考えてばかりいたように思う。不毛な十代だった。

だからマイケル・ジャクソンのこともあまり知らなかった。80年代、曲がいくつも大ヒットし、そのmvがとても人気だったことはなんとなく目のはしに映っていたから情報としては知っていたけれども(ビートイットのパロディでイートイットってビデオが作られてたことも覚えてる)じっくりちゃんと見たことはなかったような気がするし、90年代以降も、意識して眺めたことってなかったかもしれない。

というわけで、この映画を見てはじめて、知って、深く納得したんですよ。世界中のひとが、どれだけマイケル・ジャクソンのことを好きで、彼の存在がどれだけ世界に影響を与えたのかということを。マイケル・ジャクソンが動く姿そのものが、今ではもう既に「文化」として定着している、そのくらい大きな存在だったんだなってことを。


終盤、ビリー・ジーンの場面で、さいしょは力を抜いて歌って踊っているのだけれども、だんだん気持ちがのって本気がこぼれだしてきてしまう。身のうちからリズムと音があふれだしてくる。とても圧巻でした。曲が終わったあとスタッフが「ロック&ロールの教会だ」と言葉をもらすのだけれども、ほんとうに、まさにそんな感じ。

ビジネスの上でも人生の上でも、いやこのひとの人生にビジネスとの境界線なんてなかったのかもしれないけど、生きて呼吸しているだけで生じる本当にさまざまな問題を抱えながら、だけどステージに立って歌って踊っている間は、マイケル・ジャクソンの中には完全に音楽しかなかったのかもな、と思った。彼の身体のなかには静かな教会があって、歌って踊っているときだけは完全にその教会の中に入りきって祈ることができたんじゃないだろうか、そんなオーラが、その姿にあった。

それから、大きな才能と、私生活と、人気と名声と悪意と中傷と群がるひとびとの思惑と、ひとりの人間がどれほどのものを抱えることができるのだろうと、映画を見ていて思った。マイケル・ジャクソンの姿は本当にほっそりとして、霞を食べて生きているひとみたいで、いや、そもそも人じゃないみたいで、でも彼が健全な容姿を保ったまま50代をむかえていたとしたら、あれだけの問題を抱えることはできなかったのではないかな、それ以前にもっとはっきりしたかたちで壊れてしまっていたのではないかなと思ったり。

あるいは、

50歳であの動きとあの声とあの体型を保っていたというのは、もう想像がつかないくらいすごいことで、それを節制してたもっていたのかと思うとなんとストイックな人だったのだろうと思い、音楽に対しての、それほど深い愛があったんだなあとも思った。

ただ、わたしのこの感想は、すべて「このあとすぐ他界してしまった」というセンチメンタリズムに裏打ちされてこそのような気もして、もしまだマイケル・ジャクソンが生きていて、ショーがまだ続いていたならば、本当に彼が伝えたかったこと、身をもって証明していた彼の姿は、同じ映画を見たとしても、私の心の奥にまでは到達しなかったかもしれないなあと、複雑な思いがする。

そして、「「ロック&ロールの教会」と云わしめたそのパフォーマンスが、マイケル・ジャクソンのごく初期の楽曲であり、「その子は僕の子じゃない」だなんてとても他愛もない歌であるビリー・ジーンであることも、とても感慨深いなあと思った。美しさというのは、本当に本当に危うく繊細なバランスで成り立っているんだなあと、ため息が出るような思いで考える。


あと、手が大きい人なんだなと思った。